Yuizenです。

今年の夏、
実母の終活支援に結構なパワーを割きました。

実母、アラキュウーなのです。
それも親父を亡くしてから13回忌もとうに終え
田舎で一人暮らし。

気丈な母親だし、
子どもから見ればいつも元気なおふくろという
イメージをもっていました。

けれど、さすがに年を重ねると・・・
もし、何かがあっても
さて、口座、印鑑、土地の権利書・・・
いったいどこにあるのか
そういえば親父のとき遺産相続していないはず。

といって、終活の話なんて
そうそう切り出すこともできず・・
頭の痛い問題でした。

ところが今年の初夏に一本の電話が入りました。
田舎の土地を買いたいと。

へ?
今更?
その年で?

田舎の土地なんて、
この先上がることはなく
貸したとしても利回りは5%にも届かない。

けれど”買いたい”とのこと。

亡父は学歴もない、田舎の長距離トラックの運転手でした。
当然、収入もたかが知れています。
よくあの収入で2人の子どもを育ててきたものだと
今思います。

ところが、そのささやかな収入の中で、
母親は、(私が知っているだけで)5軒の家を売買していました。
いまでいう不動産投資です。
大したものです。
ただそれもこの20年近くやっていなかったはず。

それが唐突に、復活してきたのです。

いろいろ話しました。

年齢を考えると、先々現金があったほうが安心だということ
田舎の物件はもう値上がりしない

何度もそれは伝えました。
それでも意思は変わりません。

母親は生まれた直後に母親(私の祖母)を亡くし
父親(私の祖父)も小学生の頃に戦争で亡くなったのです。

その時期、網本(漁師の棟梁)として、
それなりに船も土地もあったそうです。

ただ両親を亡くし、戦後のどさくさで
良くない親戚にほぼほぼ持って行かれてしまったこと。
大人になって気づいても後の祭り。

それがずーっと悔しくて悔しくてトラウマになっていたのでしょう。
いくつもの家を売買してきたのもその当たりの理由。
あの当時にあの田舎であの親父の収入で
よくやっていたといまさら関心します。

人生最後の最後で
地元の一等地であるあの場所が売り物ででてきたこと
その土地の前地主が、田舎では有名な地主であること
最後の最後に、あの土地買って、旗立てて
昔を知る周りの人に見返したい、
墓で眠る祖先に少しは取り戻したぞと報告したいといいます。

つまらんミエといえばその通り、つまらんミエ。
無駄な投資といえばその通り、損な投資。

私もそうは思うのですが・・・
そこまで言われたらなにも言い返せません。

あの収入で、東京の大学にいかせてもらい
いまの私があるのです。

こうなったら私もハラをくくるしかないと決めました。

これが終活のきっかけ。

どこにどんな土地があり、権利書は?持ち分は?
金融機関の口座は?印鑑は?
贈与税対策も視野にいれ直近の購入と財産処分を模索。
契約書、資金移動もこなしてきたところです。

あ、そんなに財産はないですよ。
そんなに広大な土地ってわけでもないですよ。
それでも、親夫婦が積み上げてきたに財産の履歴をみると
夫婦の苦闘が感じられます。
子どもに対する愛情が読み取れます。

ありがとう、という感謝の気持ちでいっぱいです。

この想いは、次は自分の子どもたちに注ぐ番。

親のエゴであり、親の愛情でもあり、親の義務ですね。

子どもたちには”いますぐ”伝わらないでしょうね。
まあいづれ気が付いてくれればそれでよしとしましょうね。 w